努力は裏切らないなんて本当?
「努力は裏切らない」
「1%の才能と99%の努力」
「努力をした分だけ成功に近づく」
とよくいいますが、これらに素直にしたがうべきではないと考えます。つまり、
努力は期待する成果に対して必要な分だけしなさい
ということです。

努力よりも結果がすべて
たとえば、何か資格をとるために勉強をしたとします。
Aくんは3ヶ月間毎日10時間、継続して勉強しました。
Bくんは2週間で毎日2時間程度勉強しました。
その結果、Aくんは試験で満点をとることができました。
Bくんは合格ラインギリギリでした。
しかし、結果には合否しか記載されません。点数は表示されません。すると、満点をとろうが合格ギリギリだろうが,受かれば同じだということになります。したがって、Aくんは無駄に勉強したことになる。3ヶ月間も、しかも毎日10時間も勉強する必要はあったのだろうか・・・
これはかなり端的な例でしたが、多くの場合往々にしてこのケースに当てはまります。世間から客観的に評価されるのは資格をもっているかどうか──つまり結果を出したか──どうかであって,勉強をたくさんしたか──つまり努力をたくさんしたか──どうかではないのです。

努力の仕方
別の例を出しましょう。Cくんは俳優のオーディションに受かるべく与えられた台詞をひたすら復唱し,暗記してつまらずにすらすらと喋れるようになるまで努力しました。しかし、結果は落選でした。Cくんには演技力が足りなかったのです。台詞を覚えることだけではなく、演技力の向上を図った練習も必要でした。このように、努力の仕方を間違えると、いくら努力しても結果が出せないことがあります。

天才の努力
よく天才型といわれる人がいますが、その人は努力の仕方がうまいのです。もっとも効率のよい方法で,必要最小限の努力しかしないので,まわりの人に比べたら努力が少ないように見えるのです。逆に,努力の仕方が下手だといくら努力しても物事は向上しません。

必要な努力を分析する
がむしゃらに努力する,と言うのも,あまり賢い方法とは言えません。たとえそれで結果が実ったとしても,努力したようその中で結果に結びつかなかったものもあるはずです。そしたらその分無駄ということになります。理想的なのは,明確な目標を定めて,その目標を達成するには何が必要なのか分析して,その分析を元にどのような努力を行ったらよいのか考えてから努力する,と言うことです。
たとえば、ただ単に「テニスがうまくなりたい」と思うよりも、「大会でベスト4に入りたい」と思って努力した方が,モチベーションもその具体性から高まり,目標を達成するための努力もただ単にがむしゃらにテニスに励むのから上位選手の長所や弱点を分析しそれに応じた練習を行うというように効率的な練習が期待できます。
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